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The stunning Sombrero galaxy (seriously, there should be a blog that’s just photos of the Sombrero galaxy)

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駿河湾。


日本が世界に誇るべき日本人としての感覚というものがある。



謙虚さとか。

礼儀正しさとか。

勤勉さとか。


そういうのもあるけど。

僕がここで言いたい日本人感覚とはちょっと違う。



日本には美しい四季がある。

四季折々には伝統的な催事もある。

花見とか。

花火とか。


そういうのもあるけど

僕がここで言いたい日本人感覚とはちょっと違う。



花見や花火のときには『場所取り』という風習があるのをご存知だろうか。

日本では昔から希少な領土を争って戦をする文化があり

現代でも都心の不動産にとてつもない価格をつける習わしがある。


そういうのもあるけど

僕がここで言いたい日本人感覚とはちょっと違う。



花見や花火の場所取りにはレジャーシートやガムテープなどが使用されるのが一般的だ。

各自が思い思いの土地範囲に印を付け

自分のエリアであることを主張する。

そのガムテームが何を意味するか

ルール化されているわけでもないのに

また物理的な障害は何も存在しないのに

各々は暗黙の了解で他人の領域に足を踏み入れないように配慮する。


コレだ。


コレは外国人には解らない感覚だと思う。



例えば、お洒落な和風居酒屋に行ったときなどに入り口で


『あれ?ここって土足で入っていいのかな?』


と変な戸惑いを感じた経験はないだろうか?


コレだ。


コレは外国人には解らない感覚だと思う。



すなわち、結界。


日本の神社には

鳥居があったり

しめ縄があったり

境内に段差があったり

神様の世界と人間の世界の境界線を示すための工夫がされている。


日本建築にも

『いけがき』

『ふすま』

『しょうじ』

『ついたて』

『えんがわ』

『とこのま』

のような、空間を物理的に断絶することなく

やわらかく仕切る技法が数多く取り入れられている。


僕たち日本人は無意識にこれらを知覚することができる。




結界とはバリアではない。

バリア(barrier)の語源は棒(bar)で作った柵(ary)であり

物理的な障壁を示す。


日本の結界とは

店の入口にある”のれん”であったり、

神社にあるイナズマのような形の白い紙がくっついたワラのヒモであったり

もっとやわらかいもの。


日本人はそんなやわらかいもので

強い禁足領域を演出する。


文字通り『縄張り』だ。



こういった感覚をほとんどの日本人が無意識に持っている。

特別意識されることなく日本人の文化に自然に溶け込んでいる。


『正月になんとなく神社に詣でる感覚』


『神仏を粗末に扱ったときになんとなくバチが当たるという畏怖感覚』


『他人の使った箸がなんとなく嫌だという穢れの感覚』


ここでいう日本人とは、血脈という意味での日本人ではない。

日本に生まれて日本で育った人であれば

その風土から

建造物から

風習から

自然と身に付く感覚。


国はただの箱に過ぎないし

遺伝子が伝搬できる情報量は無限ではない。


その国に住み着いた人々が様々な方法で文化を継承し

脈々と伝えてきた感覚こそ他国に誇るべき感覚ではないだろうか

と僕は思う。


「人はね、自分の引き出しが多くないときに怒っちゃうんだって。『そうした問題には、こうした方が良い』っていう経験が無いと、人は怒ってしまう。だから、そういう(至らない)若手がいても、『あぁ、なるほどな。俺もそうだったな』って思えて、それをちゃんと解決に導いてやることができれば、怒らないんだよ」

「だから、経験がいっぱいある人は、怒らなくなる。そうやって人は、丸くなっていくんだよ」

1990年代になると近世史の研究が進み、士農工商という身分制度や上下関係は存在しないことが実証的研究から明らかとなり[2]、2000年代には「士農工商」の記述は教科書から外されるようになった。

士農工商 - Wikipedia (via chptr22)

ええええええええええええ

(via yominuxx)
この間、京都精華大学の学長でマンガ家の竹宮恵子さんと対談したのですが、マンガが他のジャンルと比べてすごいところは、マンガ家たちが、著作権とかオリジナリティーとかいうことを基本的に言わないっていう点なんです。ストーリパターンとか、キャラクター設定とか、コマ割りとか、吹き出しの使い方とか、顔の描き方とか、そういうマンガを描く技術はすべて「パブリックドメイン」なんだそうです。
マンガの技術はみんなのものだ、と。先人から伝えられたものを後続世代が工夫して育てているジャンルなんだから、ひとりで囲い込まないで、使えるものはみんなで共有しよう。そうすればマンガのクオリティーがどんどん上がっていって、読者も増えるし、本の発行部数も増える。結果的にマンガ家全員が力量をつけることで業界全体が潤うんだ、と。
だから、お互いの技法をどんどん模倣するし、パロディやスピンオフ(二次創作)も基本的には許している。その結果、マンガは今世界中に広がって、英語やフランス語だけじゃなくて、中国語、ロシア語、アラビア語にまで訳されて、総発行部数が何億部というような作品が次々と生まれている。これは新しい技術の発明を個人の業績に還元して、「囲い込み」をしなかったことのみごとな成果だと思うんです。
これはマンガ制作と流通にかかわる全員が一個の「運命共同体」を形成して、集団として生き延びることを最優先に考えたからだと竹宮先生は説明してくれました。めざすものが個人の名声とか収入とかじゃない。音楽にしても文学にしても、そこにかかわっている人たちが個人的成功よりも自分たちの「運命共同体」のパフォーマンスを高めることを優先すれば、スケールの大きな、すばらしいものができあがる。自己利益を確保しようとするとジャンル全体が衰退する。そういうものなんです。ですから、平凡な結論なんですけれども、よい仕事をしようと思ったらみんなで力をあわせましょうってことなんです(笑)
●その逆に、いわゆる「ブレーンストーミング」は創造性という意味では最悪の部類に入るものの一つだ。

●この「ブレーンストーミング」を一九五〇年代に流行らせたのはアレックス・オズボーンという広告会社の人間。

●ところがそれ以後の数十年間の研究調査で判明してきたのは、個人はグループで働くよりも単独で働いた時のほうがほぼ常に量・質の両面でパフォーマンスが良い、ということだ。

●しかもある集団のパフォーマンスは、その集団のサイズが大きくなるにつれて低下するという。

●心理学者エイドリアン・ファーンハムは、「科学的な証拠が示しているのは、ブレインストーミングを使うビジネス業界の人は正気ではない。ということです。才能があってやる気のある人材を抱えていて、彼らに創造性と効率を第一に求めるのなら、彼らを一人で仕事させるように仕向けるべきです」と書いているくらいだ。

●「ブレーンストーミング」に効果がない理由は他にもある。エモリー大学のグレゴリー・バーンズによれば、人間は集団の中で別の立場を取ろうとすると、脳の中にある扁桃体が反応し、拒否される恐怖を感じるという。これを彼は「独立の痛み」と読んでいる。

●ところがこれを感じない「ブレーンストーミング」がある。それはネットなどを使う「エレクトロニック・ブレーンストーミング」だ。これだと集団は個人のパフォーマンスを越える

●インターネットから集団的にすばらしい創造が生まれて来た理由はここにある。なぜならインターネットだと、一人一人が孤独でいるのにもかかわらず、集団で作業できるからだ

●つまりネットだと、人間は「みんなで一緒に孤独になれる」のだ。
・プロになりたかったら応用技は後回しに(1にも2にも基本が大事
・人の上に立ったら知識の理論武装をし、相手にグウの音も言わせない知的腕力を使いなさい
・失敗を恐れて慎重になる、その気おくれがチャンスを逃す原因
・利益を出す発想がすっぽりと抜けている人が以外に多い
・お金に執着しなさい
・何が何でも一番を目指す、これこそラクして生きる最大の鉄則
・部下を叱ったら必ずその倍ほめる
・アマチュアは問題を複雑にし、プロは問題をシンプルにする
・個人プレーを磨いて初めてチームプレーができる
・歯車になるな、モーターになれ
私がまだ若かった頃の話・・
17歳だったかな・・・ その頃には親公認で煙草、酒・・
子供の頃から
「人の物は絶対に手を出しちゃいけない!!」
と言われ続けたので
万引きには手を染めず済んだ
「人に迷惑をかけるな!それ以外なら何をしたっていい!
 何だって経験だから・・・」
私が少しヤンチャになった頃、父に言われた
私は親の言う事を聞かない
だから、そこは諦めて窮屈にさせずにいてくれた

私には女の子特有の「お父さんが嫌い!!」の時期が無い
嫌いになる原因が無かった
カッコよくて
優しくて
絶対に守ってくれる・・
私の事を世界で1番愛してくれている!!という自信もあった
なので、嫌いになんかならなかった
むしろ大好き

話は戻る・・・17歳の夏
真夜中に帰ってきたり・・帰ってこなかったりの娘
だからと言って特に悪い事をしている訳ではなかった
友達の家で朝まで、しゃべったり・・・
たまーーーーに、町に出たりはしていたものの
彼氏は欲しいがナンパ等のつまらない男の子達には興味も無かった

ある日父から

「麗子たまには、お父さんと飲みに行こう
 何でも好きな物食べて何処でも連れて行ってやる
 チョットおしゃれしてこい」

と言われた
面倒のような気もしたが、その頃、夜の街に興味も有り出掛けた
町に出る車中で父が言った

「今日はトコトン飲むぞ!!もうダメって程 飲め
 お父さんが責任持つからな アホみたいに飲もうぜ」

おいおい いいのかよ・・・お母さんに怒られるぞ~
などと思ったが お父さんが責任持つんだからいいか・・・

1軒目 父行きつけの串焼き屋に到着
女将の「みっちゃん(父)が彼女連れて来ちゃったかと思ったよ~」の1言で気を良くした父は2軒目から彼女だって事にしろよ!と完全に舞い上がった様子
二人でかなり飲み店を後にする

2軒目 父の行きつけのクラブに到着
父のご指名の女の人に
「娘さんでしょ?」とアッサリ見破られるも、これまた上機嫌
「俺に似てるんだよなぁ・・目が似てるからなぁ・・」
要らぬ説明をし 嬉しそうに飲み続ける

3軒目 父の行きつけの寿司屋に到着
大将に「いいなぁ娘と一緒に飲みに行くなんて 幸せだねぇ
親父の夢だよなぁ」等言われ、またもやご満悦
「好きなもん喰えよ たまにしか一緒に来ないんだから」と父
初めてじゃん・・・小さな見栄。。張ったな。。。

4軒目 父行きつけの居酒屋
この辺はもう覚えていない・・何を飲んだかも・・話の内容も・・

5軒目 父行きつけのスナック
まったく覚えが無い
カウンターにつっぷしダウン

父はタクシーを呼び私を背負ってくれた
この時一時的に意識を取り戻し

「気持ちいいなぁ・・お父さんゴメンね 酔っ払っちゃった」

「いいよ。寝てろ」

朝、目覚めると部屋のベットに寝かされていた
父と顔を合わせるのが気まずい・・・

リビングに行くと父はもう出掛けていた
母に広告の裏に書いた手紙を渡された


「 麗子へ
 
 昨日は楽しかったな
 また、行きたいよ また一緒に行こうな

 昨日、麗子が飲んでグロッキーした酒の量はわかるか?
 ビール2杯、チュウハイ5杯、・・・・。。。。。
 それが、お前の量だぞ
 今度、誰かと飲みに行っても、その量の手前で帰ってこい
 世の中はいい奴ばかりじゃない
 騙してどっかに連れて行かれたら
 お父さんは守ってやれないから
 だから、お前の量を教えようと思ったんだ
 必ず守ってくれよ
 お父さん信じてるけどな・・・


              お父さんより      」


涙が出るのを必死で堪え朝食を食べた
母が、お父さんはずっと心配していた・・でもどういう風に伝えたらいいか?悩んでた・・縛ってもいけない。
あの子は、そういう子だから
縛ったら帰らなくなる子だから・・・

今思えば、あの頃本当に心配だったと思う
好き勝手な事をして遊んでいたから・・・

ありがとう。お父さん
お陰で誰かに騙される事無く遊べました。
お酒で失敗は、あまりしませんでした。
つまらない事で傷つく事も無く青春を謳歌いたしました

感謝しています。


女の子を持つ父親はきっと自分が男だけに
心配なんだろう

父も昔のようにカッコ良くはなくなった
もう、お爺ちゃんだ
あの頃のように夜の町を歩く父は、もういない
趣味の畑で野菜を作り私や孫に食べさせるのを楽しみにしている

今の私があるのは父のお陰だ
いくら感謝しても、足りないな・・・

[mixi] 日記ロワイアル | 父の教育

本当に伝えたいこと、それと、それを表現する方法。

(via mcsgsym)

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